高村光太郎『道程』から学ぶ【自ら切り開く決意】

こんにちは、「学ぶことは真似ることから」のブログです。

『道程』をご存知でしょうか。学校の教科書にも取り上げられた高村光太郎こうたろうが1914年の大正3年に出版した詩です。

『道程』

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた
廣大こうだいな父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の
氣魄きはくを僕にたせよ
この遠い
道程どうていのため
この遠い
道程どうていのため

解釈例

私の進もうとする人生に開拓された道はない
私の進んできた後に自ら切り開いた道が出来ている

ああ父なる自然よ

私を一人立ちさせてくれた広く大きい父なる自然よ
私から目を離さず見守り励ましてください

常に父なる自然の激しい気力を私に充たしてください
この長く遠い将来への険しい道のりを
歩んでゆくために

道程という言葉は、「その地に至る道のり」を意味します。高村光太郎の「その地」とはどのような所かなど、この詩を解釈するためには、高村光太郎がこの『道程』を書くまでに生きてきた道を知る必要があります。

そして、この詩から学べることを考えていきます。

作者の高村光太郎とは【『道程』出版に至るまで】

偉大な彫刻家の父

高村光太郎の父は、「上野恩賜公園の西郷隆盛像」の作者で知られる彫刻家の高村光雲こううんです。

高村光雲は、東京美術学校(のちの東京芸術大学美術学部)の彫刻科の教授でした。

作品の1つである「老猿」は国の重要文化財にも指定されています。単なる工芸であった木彫に西洋の写実を加え芸術品にまで高め、多くの功績を残しました。

芸術に携わる家系

彫刻家の偉大な父を持つ高村光太郎ですが、弟に鋳金家の高村豊周とよちか、甥に写真家の高村ただしと芸術に関わる家系です。

『道程』出版に至るまで

高村光太郎は、光雲の長男として生まれ、父親のもとで彫刻を学びました。

その後、美術学校へ進学し彫刻の勉強を進めました。東京美術学校の彫刻科に入学した頃、同時に短歌や詩集などにも造詣を深め、歌人の与謝野鉄幹のもとでも働いていたこともありました。

後に高村光太郎は彫刻だけでなく、短歌や詩といった文筆に著名な実績を残すことになります。

  • 父との確執

青年期を迎えると、父・光雲に対して彫刻芸術との見解の違いが生まれるようになります。

彫刻を「職人」として捉えていた父・光雲に対して、彫刻を「芸術」として捉えた光太郎は、父に反発していきます。

  • 日本美術に対する反発

高村光太郎は、アメリカやヨーロッパに留学し、西洋の最先端の芸術を目の当たりにします。

欧米と日本の文化の違いを感じ、留学後、日本美術の既存の慣習に反発していきます。

展覧会に作品を出品せず、美術界を批評する詩などを発表し続けました。

父や日本の伝統的な考えをことごとく反発した光太郎は、社会風土にも反逆していきます。

このやり場のない気持ちを抱え続け、父の期待に応えられず、生活は荒んでいきました。

  • 結婚し『道程』を出版へ

そんな時に、後の妻になる、油絵の勉強をしていた長沼智恵子と出会います。長沼智恵子は、日本美術界へに対する批評や芸術に関する光太郎の考えに共鳴します。

光太郎はこれまでの生活を改め、自身の芸術政策に向き合っていくことになりました。

やがて結婚経て、出版されたのが『道程』でした。

高村光太郎『道程』から学ぶ【自ら切り開く決意】

「偉大な父との確執」「旧態依然とした日本美術への反発」「信頼し合える人との結婚」を経て31歳の時『道程』が出版されました。

多くの共感を生んだ詩から学べること

  • 誰もやったことがない事に挑戦する

『道程』は当時の詩とは違い、普段話している言葉、口語体で書かれています。今まで形式や慣習にとらわれず、新しいことへ挑戦した詩です。

誰もやったことのないことをやることは、他者に疑問を持たれ、反感を買います。

しかし、そこで自分を見失うのではなく、自ら考えたことを行動に移し挑み続けることの尊さを感じます。

  • 険しい道のりへ立ち向かう勇気を持つ

この詩からは、若者が持つ将来への不安と前向きな決意が感じられます。

実は、9行の詩である『道程』の原型は、もっと長い作品です(最後に全文を掲載しています)。

102行の詩になっており、大幅に削り圧縮し、自立を宣言をする最後の9行を残したのが最初に紹介した9行の詩になっています。

原型の詩の冒頭に以下のような詩があります。

 どこかに通じている大道を僕は歩いているのじゃない
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
道は僕のふみしだいて来た足あとだ
だから 道の最端にいつでも僕は立っている

何という曲がりくねり 迷いまよった道だろう
自堕落に消え 滅びかけたあの道
絶望に閉じ込められたあの道
幼い苦悩に もみつぶされたあの道

光太郎の経験を重ね合わせて読み取ることができます。

「曲がりくねった」「迷い」「自堕落」「滅びかけ」「絶望」「苦悩」など自分の信念を信じる続ける困難さを表しているように感じます。

1つのことを信じ成し遂げるためには、困難で険しく、常に「道の最端」に立ち続ける勇気を持たねばならないのでしょう。

  • (偉大な父との)精神的な決別、自立する

ときには、信念を突き通すために、精神的な支えからも自立し、自らの信じる道を歩むことが求められます。

自らの信じる道をよく考え、他者に振り回されず、他者にかまわず、理想を追い求める。強い決意が感じられます。

  • 新たな道を切り開く決意する

前提を疑うことにおびえず、既存のものに反発することを恐れず、まずは新しいことに挑む決意を持つこと。

今回は高村光太郎の『道程』を紹介しました。

誰もやったことのない挑戦でも、決意し、ときには他者にかまわず自立し、自らの道を突き進む勇気をもつ大切さを感じました。

新しいことへの挑戦は、将来への不安を生むこともよくあります。

勇気を持ち続け、困難に立ち向かって学び続けましょう( `ー´)ノ

最後に『道程』の全文を以下に紹介します。

『道程』の全文

※1956年に著作者が亡くなっており没後50年経過しているため全文を掲載します。

 どこかに通じている大道を僕は歩いているのじゃない
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
道は僕のふみしだいて来た足あとだ
だから 道の最端にいつでも僕は立っている

何という曲がりくねり 迷いまよった道だろう
自堕落に消え 滅びかけたあの道
絶望に閉じ込められたあの道
幼い苦悩に もみつぶされたあの道

ふり返ってみると 自分の道は戦慄に値する
支離滅裂な またむざんなこの光景を見て
誰がこれを 生命の道と信ずるだろう
それだのに やっぱりこれが生命に導く道だった

そして僕は ここまで来てしまった
このさんたんたる自分の道を見て
僕は 自然の広大ないつくしみに涙を流すのだ

あのやくざに見えた道の中から
生命の意味を はっきりと見せてくれたのは自然だ
僕をひき廻しては 目をはじき もう此処と思うところで
さめよ、さめよと叫んだのは自然だ これこそ厳格な父の愛だ

子供になり切ったありがたさを 僕はしみじみと思った
どんな時にも 自然の手を離さなかった僕は
とうとう自分をつかまえたのだ

丁度そのとき 事態は一変した
にわかに眼前にあるものは 光を放射し 空も地面も沸く様に動き出した
そのまに 自然は微笑をのこして
僕の手から 永遠の地平線へ姿をかくした

そしてその気魄が 宇宙に充ちみちた
驚いている僕の魂は
いきなり「歩け」という声につらぬかれた

僕は 武者ぶるいをした
僕は 子供の使命を全身に感じた
子供の使命!

僕の肩は重くなった
そして 僕はもう たよる手が無くなった
無意識に たよっていた手が無くなった
ただ この宇宙に充ちている父を信じて 自分の全身をなげうつのだ

僕は はじめ一歩も歩けない事を経験した
かなり長い間 冷たい油の汗を流しながら
一つところに立ちつくして居た

僕は 心を集めて父の胸にふれた
すると 僕の足は ひとりでに動き出した
不思議に僕は ある自憑の境を得た
僕は どう行こうとも思わない どの道をとろうとも思わない

僕の前には広漠とした 岩疊な一面の風景がひろがっている
その間に花が咲き 水が流れている
石があり 絶壁がある それがみないきいきとしている
僕はただ あの不思議な自憑の督促のままに歩いてゆく

しかし 四方は気味の悪いほど静かだ
恐ろしい世界の果てへ 行ってしまうのかと思うときもある
寂しさは つんぼのように苦しいものだ
僕は その時また父にいのる

父はその風景の間に わずかながら勇ましく同じ方へ歩いてゆく人間を 僕に見せてくれる
同属を喜ぶ人間の性に 僕はふるえ立つ
声をあげて祝福を伝える
そして あの永遠の地平線を前にして 胸のすくほど深い呼吸をするのだ

僕の眼が開けるに従って
四方の風景は その部分を明らかに僕に示す
生育のいい草の陰に 小さい人間のうじゃうじゃ はいまわって居るのもみえる
彼等も僕も 大きな人類というものの一部分だ

しかし人類は 無駄なものを棄て腐らしても惜しまない
人間は 鮭の卵だ
千萬人の中で百人も残れば 人類は永遠に絶えやしない
棄て腐らすのを見越して 自然は人類のため 人間を沢山つくるのだ

腐るものは腐れ 自然に背いたものは みな腐る
僕はいまのところ 彼等にかまっていられない
もっと この風景に養われ 育まれて 自分を自分らしく伸ばさねばならぬ
子供は 父のいつくしみに報いた気を 燃やしているのだ

ああ
人類の道程は遠い
そしてその大道はない
自然の子供等が 全身の力で拓いて行かねばならないのだ

歩け、歩け
どんなものが出てきても 乗り越して歩け
この光り輝やく風景の中に 踏み込んでゆけ

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、父よ
僕を一人立ちさせた父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため